僕のAIプロダクト開発の失敗と学びの歴史

ChatGPTに衝撃を受けてから約2年、個人や小さなチームで幾つかプロダクトを作ってきました。しかしその全てがマネタイズという意味では失敗で、結果的には撤退しました。その中から主なものを、当時の状況とともに紹介し、何故撤退したのかを振り返ります。

失敗の歴史を公開する理由は、同じようにAI領域で挑戦している人たちの参考になればと思うからです。また、これらの経験を通じて最終的に辿り着いた現在のプロダクト「Evame」がなぜ生まれたのか、その必然性を伝えたいからでもあります。

過去作ったもの

AIエージェント Autonomix (2023/02~04)

当時の状況

2023年2月、僕はLLM無職になりました。

初めてLLMの可能性を実感したのは、2021年6月にリリースされたGitHub Copilotです。当初はごく局所的なサポートでしたが、2022年の初め頃にはコードの手入力を2〜3割減らすほどに進化し、機械学習に詳しくないweb系エンジニアの僕でも明らかに未来を感じました。

僕はLLMに魅了されましたが、当時LLM関係の求人は研究者が主で、web系エンジニアの参入は困難でした。

そして多くの人と同様、2022年11月、ChatGPTの登場によって「世界が変わった」と確信しました。勤務先にLLM事業を提案し、1ヶ月ほど社長と議論を重ねましたが、僕のプレゼンが未熟だったこともあり会社を動かすには至りませんでした。

僕は自分でプロダクトを作ろうと決意し、2023年2月、会社に退職を申し出ました。当時はLLMブームも今ほどではありませんでしたが、X(Twitter)で熱狂している一部の人達と交流を深める中で、AIエージェントは今後主流になると感じました。

「仕事を代替する」というコンセプトでLPを公開したところすぐに500人以上waitlistに登録があり、 明確なニーズを感じ、開発したのがAutonomixです。

プロダクト概要

Zapier等のAPIを介し、チャット指示→メール返信・SNS 投稿などを自動実行するAIエージェント。

撤退理由

AIプロダクトのあるあるですが、魅力的なプロトタイプはすぐできるが、そこからの精度向上に無限に時間とコストがかかる、という沼にハマりました。

具体的な技術的課題:

  1. 成功率が約80%にとどまり、実務利用で許容できない。

  2. GPT-4の外部ツール呼び出しが不安定。リトライやフェイルセーフを重ねた結果、ロジックが肥大化し、複数回のLLM呼び出しでコストが膨張。メールを送るだけで一回3円かかる。

しかし、より根本的な問題がありました。真に使いやすいUXを実現するなら、GmailやTwitterなどのプラットフォーム内で直接動作すべきです。そして、GoogleやTwitterがこの機能を提供しない理由はありません。

技術的課題と戦略的課題の両方を抱え、「Big Techには勝てない」と判断。撤退を決断しました。

ラインボット トークちゃん (2023/04~08)

当時の状況

Autonomixの失敗を受けて、僕はツール系ソフトウェアの限界を痛感しました。スタートアップでよく使われる言葉で言えばMoat(競合優位性)がない。結局のところ、GoogleやMicrosoftが本気になれば同等以上の機能を無料で提供してくる。

そこで戦略を変更し、Big Techが参入しにくい領域を探しました。それがエンタメ、特にAIキャラクターの分野でした。この領域なら、単純に資金を投入すれば良いものができるわけではなく、キャラクターの魅力やユーザーとの関係性構築といった、より人間的でクリエイティブな要素が重要になる。ここならまだ勝機があると考えました。

AIキャラクターには大きく2つのアプローチがあります。Character.aiのようにユーザー自身にキャラクターを作らせるプラットフォーム型と、運営側が魅力的なキャラクターを用意するコンテンツ型です。僕は後者を選択しました。ドラえもんのような、ユーザーを励まし成長を支援するAIを作りたかったからです。

当時はRAGという言葉もなく、長期記憶を持ったAIもありませんでした。僕はこれまで身につけた技術を応用すれば、長期記憶も可能だし、それによって構築される関係性はMoatになるだろうと考えました。そして開発したのがトークちゃんです。

プロダクト概要

長期記憶を持ったAIの友達。ベクトルDBやグラフDBに保存した会話データをハイブリッド検索、今で言うRAGで参照しながら会話する。

撤退理由

課金してくれるユーザーも数人いましたが、事業として継続できるレベルには達しませんでした。根本的な課題は2つありました。

まずコストの問題です。長期記憶を実現するためには過去の会話データを常に参照する必要があり、トークン消費量が膨大になります。採算を取るには月額3000円程度の料金設定が必要でした。

しかし、その価格を正当化できるだけの価値を提供できていませんでした。結局のところ、記憶があるとはいえ「ただ雑談ができるだけ」のAIです。月額3000円を払ってまで利用したいと思わせるほどの魅力的な体験を作れていなかった。これが致命的でした。

つまり、技術的には実現できても、「高コスト・低付加価値」という構造的な問題を解決できず、撤退を決断しました。

作っているプロダクトが、実際にどの程度の付加価値を与えられるものなのか、AVC(Accuracy Value Curve)を想定するべきでした。

参考記事

https://note.com/takahiroanno/n/ncb7d77bfd9f1

ぬいぐるみAI (2023/08~10)

当時の状況

トークちゃんの失敗を受けて、「お金を払う価値があるAIキャラクター」とは何かを考えました。その答えとして、身体性の重要さに着目しました。

単純なテキストチャットではなく、声や身体があることで情報量は格段にリッチになる。これなら料金に見合う価値を感じてもらえるのではないか。そう考えて、会話ができて動きも表現できるぬいぐるみAIの開発を決めました。

プロダクト概要

Wi‑Fi接続のぬいぐるみにマイク、スピーカー、モーターを搭載し、音声対話やコミカルな動きで孤独感を癒やすデバイス。

撤退理由

開発を進める中で、ハードウェア事業の現実が見えてきました。製造、品質管理、物流、カスタマーサポート...10年は腰を据えて取り組む必要がある領域です。

そこで自分に問いかけました。「この事業に10年をかけたいか?」

答えは「NO」でした。理由は単純で、このプロダクトが世界に本当に必要なものだと思えなかったからです。孤独に苦しむ人がぬいぐるみと会話して一時的に癒されても、それは対症療法に過ぎないと思いました。

僕自身、かつて躁うつ病を始めとする精神の問題で苦しんだ経験があります。その時根本的な解決をもたらしてくれたのは、ヴィッパサナーと呼ばれる瞑想を中心とした初期仏教の智慧でした。ヴィパッサナー瞑想は、我々が確実に悟りを体験できるように仏陀が教えられた実践方法です。孤独に苦しむ人に本当に必要なのは、瞑想をはじめとした内的な成長を支援する正しい智慧であり、気を紛らわすおもちゃではない、と僕は思いました。

つまり、プロダクト・ファウンダー・フィットが全く取れていませんでした。自分が心から価値を信じられないものに、10年をかけることはできない。そう判断し、撤退を決めました。

振り返ってみて

今思えば、各プロダクトが悪かったわけではありません。実際、AIエージェントにはDevinやManusのように大きな注目を集めているプロダクトも存在するし、コンテンツ型のAIキャラクターもオズチャットのような成功事例は幾つも存在します。lovotのようなペットロボットに救われている人もいるでしょう。本気で取り組み続けていれば、それなりの成果は出せたかもしれません。

これらのプロダクトがダメだったわけではなく、僕自身が本当にやるべきだと思うことではなかったのです。

番外編 - その他の実験的プロダクト

その後、受託に取り組んだりしつつ、自分が本当に作りたいものを模索しながら、マネタイズを考えずにいくつか実験的なプロダクトを作ってみました。

補助金選定AI

退職後に気づいたのですが、失業保険をはじめ様々な給付制度があることを全く知りませんでした。同じような人は多いはずで、適切な制度を案内するAIがあれば役立つと考えました。

しかし開発を進めると、各制度があまりに複雑で例外も多く、現在のLLMでは限界があると判断し、断念しました。

参考記事

https://note.com/tkgshn/n/n4fd785cf1381

翻訳拡張機能

Google翻訳よりもLLMの方が自然な翻訳ができるため、海外サイト閲覧時にLLM翻訳を使いたくて開発しました。しかし、ページ全体を翻訳するとAPI料金が高額になる上に、Google翻訳に比べると非常に遅く、実用するにはUXが悪かったです。

仏教AI

仏典の経蔵をデータソースとしたチャットボット。普通にAIに聞くと初期仏教の教えや大乗仏教の教えが混在し、矛盾した回答をするので、データソースを限定することで初期仏教の教えだけを元に解答するようにした。

今作っているもの - Evame

現在の状況

この他にも、1週間程度取り組んだものは大量にあります。これらの経験を通じて気づいたのは、僕は自分が心から価値があると信じるものにしか本気になれないということでした。 そして僕が本当に価値があると思えるのは、人々の根本的な幸福に寄与するものです。

例えば生活コストを大幅に削減する仕組みや、学習を楽しくゲーム化するアプリ、そしてヴィッパサナー瞑想を始めとする仏教の智慧を現代に伝えるようなもの。

Evameの構想

模索を続ける中で、僕はヴィッパサナー瞑想に関するプロダクトを作ろうと思いました。

最初はヴィッパサナー瞑想を教えるAIを作ろうと考えましたが、これは非常に困難だと思い直しました。瞑想の指導には個人の状況に応じた繊細な対応が必要で、また学習者と指導者の間の深い信頼関係が不可欠だからです。

そこで、仏陀の教えの現代語訳を全文無料で公開することにしました。

仏典(三蔵)は仏教の根本的な教えが収められた貴重な文献ですが、現在利用可能な全文日本語訳は戦前から戦中のものが最後で、現代語での完全な翻訳は存在しません。また、無料で公開されているものも限られています。

LLMを活用した翻訳システムを構築し、ユーザーが翻訳の評価や改善提案を行える仕組みを作れば、従来よりも優れた訳を生み出せると考えました。

現在のビジョン

仏典翻訳への取り組みを中核に据えつつ、同時に世界中の知識や物語を広く共有したいという思いから、世界中のパブリックドメインのテキストを公開することを考えました。しかし、データベースのコストが膨大になり、無料で公開することは現実的ではありませんでした。

そこで方針を整理し、仏典をはじめとするパブリックドメインのテキストは無料公開を継続しつつ、持続可能な運営を実現するために、ユーザーが記事を投稿できるブログプラットフォーム機能も追加することにしました。

それが今この記事があるこのサイト、Evameです。

ユーザーはここで記事を書くだけで、自動で多言語翻訳が生成され、世界中に自分の言葉を届けることができます。

また、自動で翻訳が向上する仕組みを使えます。例えばこの記事の表示言語を日本語以外にして、表示された訳文をクリックしてみてください。投票や追加のUIが現れるはずです。

現在無料会員だと2言語まで記事を書けますが、有料会員では4言語まで対応するなど、有料会員向けのサービスを充実させることでマネタイズしていこうと考えています。現在はまだ有料会員機能の実装前ですが、将来的にこうしたモデルで運営していく予定です。

僕はEvameをグローバル版のnoteとして、Mediumを超える世界一のブログコミュニティサイトにしようと思っています。

つまりEvameは、「仏典などのパブリックドメインコンテンツの無料公開」と「多言語ブログプラットフォーム」の両方を提供するプラットフォームです。前者で社会的価値を提供し、後者で持続可能な運営を実現する。この組み合わせによって、長期的に価値ある情報を世界に届け続けることができると考えています。

仮にマネタイズが上手くいかなくても、続けられる限り開発を続けます。これは世界に必要だと僕が確信しているからです。

まとめ

これまでの失敗を通じて学んだ最も重要なことは、自分が心から価値を信じられるものでなければ、長期的に取り組むことはできないということです。

技術的な実現可能性や市場のニーズも重要ですが、それ以上に「プロダクト・ファウンダー・フィット」が取れているかどうかが、開発者にとっては決定的に重要だと感じています。

Evameについてはより詳しく別の記事で書きますが、ぜひ一度記事を書いてみてください。

よろしくお願いします!!!

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