Evame

ラプンツェル

author: グリム ヴィルヘルム・カール

むかし、あるところに、夫婦《ふうふ》が住んでおりました。ふたりは、長い年月のあいだ、子どもをひとりほしいと思っていましたが、どうしてもさずかりませんでした。けれども、ようやく神《かみ》さまがその願《ねが》いをかなえてくださりそうなようすが、おかみさんにみえてきました。

 この夫婦《ふうふ》のうちのうしろがわには、小さな窓《まど》がありました。その窓からは、世《よ》にも美しい花や野菜《やさい》のいっぱいうわっている、きれいな庭《にわ》が見えました。けれども、その庭は高いへいにとりかこまれていました。しかも、その庭は、たいへんな勢力《せいりょく》をもっていて、世間《せけん》の人たちからおそれられている、ある魔法使《まほうつか》いのばあさんのものでしたから、だれひとりそのなかへはいっていこうとするものはありませんでした。

 ある日のこと、おかみさんがこの窓《まど》ぎわに立って、庭を見おろしていますと、それはそれはきれいなラプンツェル(チシャ)のうえてある野菜畑が目につきました。みるからに、みずみずしく、青あおとしたラプンツェルです。おかみさんはそれがほしくてたまらなくなって、なんとかして食べたいものだと思いました。

 しかもその思いは、日ましにはげしくなるばかりでした。けれども、それがとても手にいれられないことはわかりきっていましたので、おかみさんはすっかりやせほそって、顔色もあおざめ、見るかげもないようになってきました。

 これを見て、亭主《ていしゅ》はびっくりして、たずねました。

「おまえ、どうしたんだい。」

「ああ、ああ、うちのうらの庭《にわ》のラプンツェルが食べられなかったら、あたしゃ死《し》んでしまうよ。」

と、おかみさんはこたえました。

 亭主は、おかみさんがかわいくてなりませんので、

「女房《にょうぼう》を死なせるくらいなら、あのラプンツェルをとってきてやれ。どうなったって、かまうものか。」

と、思いました。

 そこで亭主《ていしゅ》は、夕やみにまぎれて、へいをのりこえました。魔法使《まほうつか》いの庭にはいるがはやいか、おおいそぎでラプンツェルをひとつかみとって、おかみさんのところへもってきてやりました。

 おかみさんは、それでさっそくサラダをこしらえて、がつがつ食べました。ところが、そのおいしいことといったら、またとありません。そのためおかみさんは、そのつぎの日になりますと、こんどは、まえの日の三ばいもそれがほしくてたまらなくなってしまいました。

 おかみさんをおちつかせるためには、亭主《ていしゅ》はもういっぺんとなりの庭におりていかなければなりませんでした。そこで、またもや夕やみをねらってでかけていきました。ところが、へいをのりこえたとたん、亭主《ていしゅ》はびっくりぎょうてんしてしまいました。むりもありません。すぐ目のまえに、魔法使《まほうつか》いのばあさんが立っていたのですからね。

「おまえはなんてずうずうしい男なんだい。」

と、魔法使いは亭主をぐいとにらみつけて、いいました。

「わしの庭へはいりこんで、どろぼうみたいに、わしのラプンツェルをぬすんでいくとは。さあ、ひどいめにあわせてくれるぞ。」

「ああ、どうかおゆるしくださいまし。」

と、亭主《ていしゅ》はこたえていいました。

「どうにもいたしかたなく、こんなことをしでかしたんでございます。じつは、女房《にょうぼう》めが、窓《まど》からこちらさまのラプンツェルを見ましたんで。すると、どうしてもこれがほしくなって、ひと口でも食べないことには、死《し》んじまうなどともうすものでございますから。」

 これをきくと、魔法使《まほうつか》いはいかりをやわらげて、亭主《ていしゅ》にいいました。

「ほんとうにおまえのいうとおりなら、ほしいだけラプンツェルをとらせてやろう。そのかわり、ひとつだけ条件《じょうけん》がある。おかみさんが子どもを生んだら、その子をわしにくれなければいけない。その子はしあわせにしてやろう。わしが母親のようにめんどうをみてやるよ。」

 亭主《ていしゅ》はこわくてたまらないものですから、なにもかも承知《しょうち》してしまいました。

 やがて、おかみさんがお産《さん》をしますと、魔法使《まほうつか》いのばあさんはさっそくやってきて、その子にラプンツェルという名まえをつけて、いっしょにつれていってしまいました。

 ラプンツェルは、お日さまのてらすこの世《よ》のなかで、だれよりも美しい子どもになりました。ラプンツェルが十二のとき、魔法使《まほうつか》いのばあさんは、この子を森のなかの塔《とう》にとじこめてしまいました。その塔には、階段《かいだん》もなければ、入り口もありません。ただ、ずっと高いところに小窓《こまど》がひとつあるきりでした。

 魔法使いのばあさんが塔のなかにはいろうと思うときには、塔の下に立って、こうよぶのでした。

ラプンツェル ラプンツェル

おまえの髪《かみ》をたらしておくれ

 ラプンツェルは、長い美しい髪の毛をしていました。まるで、黄金《こがね》をつむいだようにきれいでした。魔法使《まほうつか》いの声をききますと、ラプンツェルはあんだ髪をほどいて、窓のかぎにまきつけます。すると、髪《かみ》の毛《け》はするすると二十エレ(約十二メートル)ほどもたれさがりました。魔法使いのばあさんはそれにつかまって、よじのぼっていくのでした。

 それから、二、三年たったときのことでした。あるとき、王子《おうじ》が馬にのってこの森のなかにはいってきて、この塔《とう》のそばをとおりかかりました。すると、それはそれは美しい歌声がきこえてきました。王子は思わず馬をとめて、じっとききほれました。それは、さびしさのあまり、こうして、美しい声をひびかせては、時をすごしているラプンツェルの歌声だったのです。

 王子《おうじ》は上へのぼっていこうと思って、塔《とう》の入り口をさがしてみました。けれども、どうしても見つかりません。それで、しかたなくお城《しろ》へかえりましたが、その歌にたいそう心をうごかされましたので、それからというものは、まい日森へでかけていっては、その歌に耳をかたむけるのでした。

 あるとき、王子が木のかげにいますと、魔法使《まほうつか》いのばあさんがやってくるのが見えました。そして、その女が上にむかって、

ラプンツェル ラプンツェル

おまえの髪《かみ》をたらしておくれ

と、よびかけるのがきこえました。

 それをきいたラプンツェルが、あんだ髪《かみ》の毛《け》をたらしますと、魔法使《まほうつか》いはそれにつかまってのぼっていきました。

(あれをはしごがわりにしてのぼっていけるのなら、ぼくもひとつ運《うん》だめしをしてみよう。)

 そこで、そのつぎの日、くらくなりかけたころ、王子《おうじ》は塔《とう》のところへいって、よびかけました。

ラプンツェル ラプンツェル

おまえの髪をたらしておくれ

 すると、たちまち、髪の毛がたれさがってきましたので、王子はそれにつかまってのぼっていきました。

 ラプンツェルは、さいしょ、いままでに見たこともない男の人がはいってきましたので、ひどくびっくりしました。でも王子《おうじ》が、たいそうやさしく話しかけて、

「ぼくは、あなたの歌にすっかり心をうごかされて、そのため心のおちつきもなくなってしまったのです。どうしても、あなたにあわずにはいられなかったのです。」

と、話しますと、ラプンツェルのこわい気持ちも、ようやくきえうせました。それから、王子は、

「ぼくの妻《つま》になってはくれませんか。」

と、たずねました。

 ラプンツェルは、王子がわかくて美しいのを見て、

(このかたなら、きっと、ゴーテルおばあさんよりもあたしをかわいがってくださるわ。)

と、思いましたので、すぐに、はい、とこたえて、じぶんの手を王子の手の上にかさねました。そして、ラプンツェルはいいました。

「あたし、ごいっしょにいきたいんですけど、でもどうやっておりていったらいいのかわかりませんわ。これから、ここへいらっしゃるたびに、絹《きぬ》ひもを一本ずつもってきてください。それで、はしごをあみますわ。そして、はしごができたら、おりていきますから、あたしを馬にのせて、つれていってくださいな。」

 そして、そのときまで、王子がまい晩《ばん》ラプンツェルのところへくることにしました。なぜって、昼まは、ばあさんがきますもの。

 魔法使《まほうつか》いのばあさんは、そんなことになっていようとはちっとも気がつきませんでした。ところがあるとき、ラプンツェルがなにげなしに、こんなことをいってしまったのです。

「ねえ、ゴーテルおばあさん、どうしてなんでしょうねえ。わかい王子《おうじ》さまよりも、おばあさんのほうが、ひきあげるのに、ずっとおもいわ。王子さまは、あっというまにあがってきてしまうんですけどねえ。」

「ええ、このばちあたりめ。」

と、魔法使《まほうつか》いはどなりました。

「なんてことをいうんだい。あたしゃ、おまえを世間《せけん》からひきはなしておいたつもりだったのに、よくもひとをだましたね。」

挿絵

 おばあさんは、腹《はら》だちまぎれに、ラプンツェルの美しい髪《かみ》の毛《け》をひっつかむと、それを二巻《ふたま》き三巻《みま》き左の手にまきつけました。そして、右手にはさみをとって、ジョキ、ジョキと髪の毛を切ってしまいました。ですから、美しい髪の毛はあまれたまま、床《ゆか》の上におちました。

 そればかりか、ばあさんはなさけようしゃもなく、かわいそうなラプンツェルを荒《あ》れ野原《のはら》へ追《お》いやってしまいました。ラプンツェルはここで、それはそれはつらい、みじめな日をおくらなければなりませんでした。

 いっぽう、魔法使《まほうつか》いのばあさんは、ラプンツェルを追いだしてしまったその日の夕がた、切りとった髪《かみ》の毛《け》を窓《まど》のかぎにむすびつけておきました。そして、王子がやってきて、

ラプンツェル ラプンツェル

おまえの髪をたらしておくれ

と、よびかけたとき、その髪の毛をおろしてやりました。

 王子《おうじ》がのぼってみますと、どうでしょう。かわいいラプンツェルのすがたは見えず、魔法使《まほうつか》いのばあさんが、にくにくしげな、ものすごい目つきで、じぶんをにらみつけているではありませんか。

「はっはっは。」

と、ばあさんはばかにしたようにわらいました。

「かわいいおくさんをつれにおいでかい。だがね、きれいな小鳥《ことり》は、もう巣《す》にいやしないよ。歌もうたやしないさ。ネコにさらわれちまったんだよ。おまえも、ネコに目玉をひっかかれるぞ。ラプンツェルはもうおまえのものじゃなくなったんだ。もう二度とあれの顔を見ることはできなかろうよ。」

 王子《おうじ》はかなしみのあまり、われをわすれて、もうどうにでもなれと、塔《とう》からとびおりました。命《いのち》はたすかりましたが、おちたところにはえていたイバラのとげに目をつかれて、王子の目はつぶれてしまいました。

 目の見えなくなった王子は、森のなかをさまよい歩きました。食べるものといえば、木の根《ね》や草の実《み》があるばかりでした。王子は、かわいい、かわいい妻《つま》をうしなってしまったことを、ただただなげきかなしんでいました。

 こうして、王子がみじめな思いをして、二年、三年とさまよいまわったあげく、とうとう、あの荒《あ》れ野《の》のなかへまよいこみました。こここそ、あのラプンツェルが、じぶんの生んだふた子の男の子と女の子といっしょに、あわれなまい日をおくっている野原だったのです。

 王子《おうじ》は人声をききつけて、その声になんだかききおぼえがあるように思いましたので、声のするほうへと歩いていきました。こうして、王子が近づいていきますと、ラプンツェルのほうで王子に気がつきました。ラプンツェルは王子の首《くび》にだきついて、泣《な》きました。

 ラプンツェルの涙《なみだ》がふたしずく、王子の目をぬらしますと、ふしぎにも、王子の目はもとのようにはっきりしてきて、またむかしどおり、ものが見えるようになりました。

 王子はラプンツェルと子どもたちをつれて、国へかえりました。国では、人びとが大よろこびでむかえてくれました。それから、みんなは長いあいだたのしく、幸福《こうふく》にくらしました。

底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社

   1980(昭和55)年6月1刷

   2009(平成21)年6月49刷

入力:sogo

校正:チエコ

2020年11月27日作成

青空文庫作成ファイル:

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